一部では口上の後の踊りのほか、「伊勢」の場面が好きです(「伊勢」はあまり踊りの巧さが目立つ場面ではないのでそこはちょっと不満だけど)。「ええじゃないかええじゃないか」という合唱が妙に気に入ってしまって耳から離れないんですよ。あの場面では客席にいてもわくわくしてしまいます。なので3.5号にはそのネタ元のお蔭参りの解説を入れたかったんですが、自前の知識はほとんどなくて調べるにも宿ではネットが使えなかったので諦めたのでした。家に帰ってからあらためて検索してみたら、やっぱり面白かったのでちょっとまとめておきます。
私は「おかげ参り」「伊勢参り」「ええじゃないか」もごっちゃにして覚えてましたが、厳密には別物。お蔭参り(伊勢参り)とは、江戸時代に起こった伊勢神宮への集団参詣。数100万人の人々が伊勢に押し寄せるという大流行が60年周期で3回あったそうです。「ええじゃないか」というのは幕末の民衆運動。目的は「世直し」であって伊勢を目指すわけではないようですが、お蔭参りの影響を強く受けています。ええじゃないかをお蔭参りと呼ぶ地域もあります。
お蔭参り/ええじゃないかの特徴のひとつに、異性装や仮装で馬鹿騒ぎを繰り広げるというのがあって、公演の中でも女の人が男役の羽織を着たり、男の人が女物の着物をひっかけたりしてます。なんかビラビラした襟の上着を着てる人もいましたね。丁稚が目立ってるのも、お蔭参りに行くためには奉公人が主人に断りなく抜け出してもいいという(別名「ぬけ参り」と言われていた。子供が親に、妻が夫に黙って出かけるのもOK)お約束を意味していたのかなと思います。お蔭参り/ええじゃないかの流行は各地で伊勢神宮のお札が撒かれたことがきっかけです(ええじゃないかでは伊勢神宮以外にもいろんな神社のお札が撒かれています)。実際には夜中のうちに戸口や庭などに落とされていたようですが、それが「天からお札が降ってきた」という風説になったようです。
お蔭参りの道筋のお金持ちは食べ物や宿泊の場所を与えてくれるので、裕福でない一般庶民も伊勢には旅行できます。大根だの人参だの籠に入った魚だの何かしら手に持ってる人ははそうしたお金持ちに提供してもらったものかも。持ち物と言えば櫻子ちゃんの南京玉すだれ。てっきりこれも伊勢名物かと思ったら、発祥の地は富山。「伊勢物語」のなかに玉すだれという言葉が出てくるので(南京玉すだれではなく、普通に日よけや目隠しの道具)駄洒落かもしれませんし、江戸時代の南京たますだれの芸人の口上に「伊勢道中に置きました間の山でハお杉やお玉」と言っていた記録が残っているので、そこからとったのかもしれません。他の人の持ち物も気になってきました(笑)。
日常生活や人間関係から解放されるお蔭参りは民衆の不満発散の役割を果たしていたようで、特にええじゃないかの流行は、幕府の弱体化や天災の連続による不安定な世情が背景になっています。この「伊勢」の場面にどこか不吉な雰囲気があるのは、そのためではないでしょうか。幕末好きの友人が、練り歩く人の中に「新撰組の羽織を着てた人がいた!」と言って喜んでいましたが、実はそれも時代を表すヒントだったんですかね。さらに、全国各地で起こったええじゃないかは阿波にも上陸し、この地方では当然のように阿波踊りと結びつきます。阿波踊り自体はもっと古くからありましたが、現在のものよりもっとゆっくりしたもので、ええじゃないかの影響でテンポが速く激しい踊りになったという説が有力だとか。舞台を見ながら「振付が阿波踊りに似てるなー」と思っていましたがけっこう縁があったんですね。
参考
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多くの民衆伊勢へ「おかげまいり」■
ええじゃないかの真相■
江戸末期の「ええじゃないか」の仕掛け人は?■
ええじゃないか■
阿波踊りの歴史■
南京玉すだれの歴史■
ええじゃないか−Wikipedia■
お蔭参りーWikipedia